Curtis Mayfield Peace

Curtis Mayfield

米国ソウル・ミュージシャン、故カーティス・メイフィールドの紹介
話題伝記インプレッションズソロFlaman's Got Soul

Curtis Mayfieldの伝記(経歴)

【注】「シングル曲名」、『アルバム名』です。

1942年6月3日 ・シカゴで生まれる。
1950年代前半〜 ・教会で歌い始める。歌作りもやり始めたらしい。
1956年頃 ・アルフォトーンズ(R&Bボーカルグループ)結成(参加?)。
この頃ジェリー・バトラーと出会う。
1957年 ・ルースターズの3人(サム・グッデン、リチャード・ブルックス、
アーサー・ブルックス)がシカゴへ来て、カーティス、ジェリーと
出会い、インプレッションズ結成。
1958年 ・ファルコン・レーベルと契約。デビュー曲「For Your Precious Love」が大ヒット(R&B#3,Pop#10)。
 これを含めて3枚のシングルを(デビューシングルは初めはファル
コン、後にアブナー・レーベルより。後の2枚はアブナーより)発売後、
ジェリーはグループを離れソロになる。
・元ルースターズのフレッド・キャッシュが加入。
1959年 ・アブナーからシングル2枚発売。この後アブナーがヴィー・ジェイに吸収される。
・バンデラ・レーベルよりシングル1枚発売。
1960年 ・ニューヨークのスウォール・レーベルよりシングル1枚発売。
1960〜61年 ・ジェリーのソロに協力。
1961年 ・ABCレーベルと契約。ニューヨークに移る。「Gypsy Woman」大ヒット(R&B#2,Pop#20)。
1962年 ・グループ分裂し、インプレッションズはカーティス(ファルセット・
リード)、サム(ベース)、フレッド(バリトン・テナー)の3人となり、シカゴに戻る。
1963年 「It's All Right」大ヒット(R&B#1,Pop#4)。
『The Impressions』
1962〜63年 ・メイジャー・ランスをプロデュース。63年「Monkey Time」大ヒット(R&B#2,Pop#8)。
1963〜64年 ・ウォルター・ジャクソン、オーパルズをプロデュース。
1962〜65年 ・ジーン・チャンドラーへ作品提供。
1964〜65年 ・ヒット曲連発。「Talking About My Baby」(R&B#12),
「I'm So Proud」(R&B#14),「Keep On Pushing」(R&B#10),
「You Must Believe Me」(R&B#15),「Amen」(R&B#17,Pop#7),
「People Get Ready」(R&B#3,Pop#14),「Woman's Got Soul」(R&B#9,Pop#29)など。
『THE NEVER ENDING IMPRESSIONS』,『KEEP ON PUSHING』('64)
『PEOPLE GET READY』,『ONE BY ONE』('65)
1964〜65年 ・ビリー・バトラー&ジ・エンチャンターズをプロデュース。
1966年 『RIDING HIGH』
・ウィンディ・Cレーベル発足(1967年まで)。ファイブ・ステアステップスをプロデュース。
・メイフィールド・レーベル発足(1971年まで?)。ファシネイションズをプロデュース。
1967年 『THE FABULOUS IMPRESSIONS』
1968年 「We're A Winner」大ヒット(R&B#1,Pop#14)。
『WE'RE A WINNER』,『THE VERSATILE IMPRESSIONS』
・カートム・レーベル発足。インプレッションズはABCからカートムへ
移籍。「Fool For You」(R&B#3,Pop#22),「This Is My Country」(R&B#8,Pop#25)ヒット。
1969年 「Choice Of Colours」大ヒット(R&B#1,Pop#21)。
『THIS IS MY COUNTRY』,『THE YOUNG MODS' FORGOTTEN STORY』
1970年 『CHECK OUT YOUR MIND!』(The Impressions)
・インプレッションズを離れ、ソロになる。「(Don't Worry) If There's A Hell Below, We're All Going To Go」ヒット(R&B#3,Pop#29)。
・ソロ・デビュー・アルバム『CURTIS』
1971年 『CURTIS/LIVE!』, 『ROOTS』
1972年 「Freddie's Dead」(R&B#2,Pop#4), 「Super Fly」(R&B#5,Pop#8) 大ヒット。
『SUPER FLY』
1973年 「Future Shock」(R&B#11,Pop#39) ヒット。
『BACK TO THE WORLD』, 『CURTIS IN CHICAGO』
1974年 「Kung Fu」(R&B#3,Pop#40) ヒット。
『SWEET EXORCIST』, 『GOT TO FIND A WAY』
・グラディス・ナイト&ザ・ピップス『Claudine』プロデュース。
1975年 「So In Love」(R&B#9,Pop#67) ヒット。
『THERE'S NO PLACE LIKE AMERICA TODAY』
・ステイプル・シンガーズ『Let's Do It Again』プロデュース。「Let's Do It Again」(R&B#1,Pop#1) 大ヒット。
1976年 「Only You Babe」(R&B#8) ヒット。
『GIVE, GET, TAKE AND HAVE』
・ステイプルズ『Pass It On』プロデュース。
・アレサ・フランクリン『Sparkle』プロデュース。「Something He Can Feel」(R&B#1,Pop#28) ヒット。
1977年 『NEVER SAY YOU CAN'T SURVIVE』, 『SHORT EYES』
・メイヴィス・ステイプルズ『A Piece Of The Action』プロデュース。
1978年 『DO IT ALL NIGHT』
・アレサ・フランクリン『Almighty Fire』プロデュース。
・リンダ・クリフォードをプロデュース。「Runaway Love」(R&B#3,Pop#76) ヒット。
1979年 ・RSOレーベルへ移籍。
『HEARTBEAT』
1980年 『SOMETHING TO BELIEVE IN』, 『THE RIGHT COMBINATION』
1981年 ・ボードウォーク・レーベルへ移籍。
『LOVE IS THE PLACE』
1982年 『HONESTY』
1985年 ・CRCレーベルへ移籍。
『WE COME IN PEACE WITH A MESSAGE OF LOVE』
1988年 ・カートム・レーベルを復活させる。
『LIVE IN EUROPE』
1990年 『PEOPLE GET READY』(ライヴ盤), 『TAKE IT TO THE STREETS』
・サウンドトラック『RETURN TO SUPERFLY』にて、「SUPERFLY」リメイク('SUPERFLY 1990')、新曲3曲。
1990年8月13日 ・ブルックリンのコンサート会場でライブのリハーサル中に照明器具が落下し、半身不随の重傷。その後、音楽活動停止。
1991年 ・インプレッションズがロックンロール殿堂入り。
1993年 『BBC RADIO 1 LIVE IN CONCERT』 (1990年春頃のライヴが発売された)
1994年 ・トリビュート・アルバム『A Tribute To CURTIS MAYFIELD』にて、
リパーカッションズと「LET'S DO IT AGAIN」を共演。カーティス復活の期待高まる。
1996年10月 ついに復活!! Welcome back, Curtis!!
『New World Order』
1997年秋 ・RHINOより『Superfly: Deluxe 25th Anniversary Edition』 発売。
・サントラ?『Eve's Bayou』へ「A Child With The Blues」を提供&プロデュース。歌はErykah Badu。
1999年3月 ・ロックンロール殿堂入り。(CNN)
1999年12月26日 永眠。まだ57歳。御冥福をお祈り申し上げます。
・2005年8月3日現在残っている記事:CNN

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