ボビー・ウーマックって?
Who is 'Bobby Womack'?

 彼はギタリスト(Guitarist)? 作曲家(Composer)? 歌手(Singer)?
 どれも正しいが、彼を表現するのにふさわしい言葉は、本人が言っている"The Last Soul Man"だ。
 そう言い切るほどの気概のあるBWの経歴(career)を紹介する。少ない資料を基にして書いているので、誤りや漏れがあるかも知れない。ご指摘頂けたら幸いである。
1944年3月4日
・オハイオ州クリーヴランド(Cleveland, Ohio)で生まれる。
1959年
・兄弟のフレンドリー(Friendly Jr.), カーティス(Curtis), ハリー(Harris), セシル(Cecil) と共にウーマック・ブラザーズ(The Womack Brothers)を結成。これはゴスペル・グループで、前身は父親フレンドリーのゴスペル・グループ"The Voices of Love"。
1960年?
・ツアー中にサム・クック(Sam Cooke)と出会い、BWはサムのバンドのギタリストになる。
1961年
・サム・クックのSARレコードと契約。6月28日に初セッション。
・シングル'Somebody's Wrong / Yield Not To Temptation'
1962〜64年
・R&Bを歌うためにグループをヴァレンティノス(The Valentinos)と改名。
・シングル5枚発表。'Lookin' For A Love', 'It's All Over Now'ヒット。
1964年
・12月11日、サム・クック死亡。SARレコードも無くなる。ヴァレンティノスはチェス・レコードへ移籍するが、間もなく活動停止。
1965年
・ソロになり、HIM(レーベル)よりシングル1枚リリース。
・チェッカー・レコードと契約。5曲録音し、シングル1枚リリース。
1966〜67年
・メンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオやアラバマのマスル・ショールズでセッション・ギタリストとして働く。
ウィルソン・ピケット(Wilson Pickett)と出会い、一緒に音楽活動を始める。
1967年
・ウィルソン・ピケットへの提供作品'I'm In Love'がヒット(R&B#4,Pop#45)。
・アトランティック、キーメンよりそれぞれ1枚ずつシングルをリリース。
・7月、ミニットと契約。
1968年
・ウィルソン・ピケットへの提供作品がヒット。'Jealous Love'(R&B#18,Pop#50), 'I've Come A Long Way'(R&B#46,Pop#101), 'I'm A Midnight Mover'(R&B#6,Pop#24)
・デビューアルバム "Fly Me To The Moon" 'Fly Me To The Moon'(R&B#16,Pop#52), 'California Dreamin''(R&B#20,Pop#43)ヒット。
1970年
・アルバム "My Prescription" 'How I Miss You Baby'(R&B#14,Pop#93)ヒット。
・リバティー・レコードからライヴアルバム "The Womack Live"
・ユナイテッド・アーティスツへ移籍。
・アルバム "Communication" 'That's The Way I Feel About Cha'ヒット。
1971年
Gabor Szaboのアルバム "High Contrast" にギターで参加。(情報Thanks to Hirutan!)
スライ&ザ・ファミリーストーン(Sly & The Family Stone)のアルバム "There's A Riot Goin' On" にギターで参加。
1972年
・アルバム "Understanding" 'Woman's Gotta Have It', 'Harry Hippie'ヒット。
・サントラ "Across 110th Street"
1973年
・アルバム "Facts Of Life" 'Nobody Wants You When You're Down And Out'ヒット。
1974年
・アルバム "Lookin' For A Love Again" 'Lookin' For A Love'ヒット。
1975年
・アルバム "I Don't Know What The World Is Coming To"
・アルバム "Safety Zone"
ロン・ウッド(Ronnie Wood)のアルバム "Now Look" にプロデューサー等として参加。
ジョージ・ベンソン(George Benson)へ曲 'Breezin'' を提供。
1976年
・アルバム "B.W. Goes C&W"
・コロンビアへ移籍。
・アルバム "Home Is Where The Heart Is"
1978年
・アルバム "Pieces"
1979年
・アリスタへ移籍。
・アルバム "Roads Of Life"
1980年
ウィルトン・フェルダー(Wilton Felder)のアルバム"Inherit The Wind"のタイトル曲のボーカルを担当。イギリスでヒット。
1981年
・ビヴァリー・グレンへ移籍。
・アルバム "The Poet" 'If You Think You're Lonely Now'ヒット。
・ビヴァリー・グレンを、印税を得るために告訴。
1984年
・アルバム "The Poet 2" 。ビヴァリー・グレンともめていたが、結局モータウンからリリースされた。
1985年
・アルバム "Someday We'll All Be Free" 。これはBWの許可無しにビヴァリー・グレンがリリースしたもの。
・MCAへ移籍。
ウィルトン・フェルダーのアルバム"Secrets"にて2曲ボーカルを担当。
・アルバム "So Many Rivers"
1986年
・アルバム "Womagic" 。出来に不満があったらしく、本国アメリカではすぐ廃盤にしたらしい。
1987年
・アルバム "The Last Soul Man"
・9月、初来日コンサート。東京は五反田ゆうぽうとで11,13,14日。
1989年
・ソーラーへ移籍。
・アルバム "Save The Children"
1990年
SANTANAのアルバム "Spirits Dancing In The Flesh" にて2曲ボーカルを担当 ('It's A Jungle Out There', 'Choose')。
1991年
・キャッスル・コミュニケーションズから2枚組ライヴアルバム "Soul Seduction Supreme"
・6月、来日コンサート
1993年
・UKの歌手Luluのアルバム "Independence" にてデュエット ('I'm Back For More')。
1994年
・コンティヌーム(CONTINUUM RECORDS)(移籍した?)からアルバム "Resurrection"
1995年
・3月、来日コンサート
・The Memphis Horns のアルバムに参加 ('Somebody Have Mercy', 'Break The Chain')
・Don Covay のTribute アルバムに参加 ('Checkin' Out')
・UKのPALSE-8 Recordsより、Jeanie Tracyとのデュエット曲'It's A Mans Mans Mans World'(James Brownのヒット曲)が発売。
1996年
・オムニバスアルバム "NBA AT 50" にて、Wayman Tisdale と 'Let The Good Times Roll' をデュエット。
1997年
Rick Jamesのアルバム "URBAN RAPSODY" に1曲参加('Player's Way')。
1998年
・オムニバスアルバム "REDHOT + RAPSODY" に1曲参加('Summertime')。HipHopグループ The Roots との共演。
1999年
・何とNEW ALBUMはGOSPEL!! "BACK TO MY ROOTS"
The Dixie Hummingbirdsの70周年記念アルバム "MUSIC IN THE AIR" に1曲ボーカルで参加 ('Everything Is Alright')。
・さらにクリスマスアルバム発売!"TRADITIONS"
[with The Rolling Stones]

Bobby Womack メニューへ戻る

Page Design by FLAMAN